2007年4月 1日 (日)

研究者として留学するには

理系研究者でない文系のビジネスマンや、これから理系研究者を志そうとしている学生の方などのために、理系の研究留学について説明したい。

理系研究者として日本人からアメリカに留学するには、2つの身分がある。

1)アメリカの大学の博士課程に入学する

2)アメリカの大学で博士後研究員(ポスドク)として働く

まず、1)は、日本の理系大学の修士や博士課程同様、4年制の大学または、獣医、医学部などの6年制の大学を卒業した後に、試験(専門学力と英語)と面接を受け、入学する。留学期間としては、5,6年といったところである。

収入としては、年200万円ぐらいの奨学金を取る人が多い。奨学金といっても、日本の育英会のように返還義務があるものは少なく、実質上、給料のようなもので返す必要がないものが多い。その点でも、日本の多くの大学よりも待遇がよい。

しかし、有名大学の博士課程は難関で、ハーバードやMIT、カルフォルニア大学などの有名校になると、50倍から100倍と相当な難関である。

話がそれるが、日本の大学では、東大などの有名大学でさえ博士課程の定員が桁違い多く、難しくても数倍程度の倍率でしかないこととは対照的である。一般にアメリカの大学では、少数精鋭で博士を育てることで、博士の質を保っているように思われる。日本では、博士課程を出たはいいが、就職に困ることが多々ある。悪く言えば、学生の方は、「就職がないから博士でも行くか」と安易に進学を決め、教授の方は、博士課程の学生は、「ただ働きする労働力」程度に考えて、指導の余力もないのに多くの博士学生を抱えるという構図である。そういう意味もあるのか、日本の博士課程の枠は、近年、拡大され続けてきた。私は、日本でも、この少数精鋭の博士課程を目指すべきではないかと思う。

このように、アメリカの有名大学の博士課程は英語の堪能なアメリカ人にとっても、それほどの難関であるのに、日本から受験するとなると、更にハードルは高くなる。

実際、こちらで出会った日本人のハーバードやMITの博士課程の学生は、かなりの割合が帰国子女で、少なくとも英語に問題はないような人たちが多いように感じる。

中堅の地方大学になると、そこそこ入りやすいようであるが、研究レベルの高くない大学だと、博士は取ったものの、就職先がないということはよくある話である。

そういう意味でも、1)のコースは、なかなか難関である。

2)のコースは、1)のコースとは対照的に門戸が広い。私もこの身分である。

必須条件としては、日本で博士課程を出るなどして、博士の資格を取っていることだけで、あとは、受け入れ先の教授が、OKと言えば、それだけで留学可能である。学力試験などは、特に必要ない。

留学期間としては、普通2年から5年程度。場合によっては、共同研究で半年だけとか、逆に10年くらい居座るひともいる。

収入は、交渉によるのだが、350万円から500万円ぐらいで、家族がいると贅沢はできないが、独身なら問題ない額である。

日本の博士課程を卒業して就職先としてポスドクを選ぶ人の他、企業からポスドクからアメリカの大学に派遣されるというコースもある。医師や獣医は、博士(PhD)の資格を持っていなくても、博士レベルの学位とみなされ、ポスドクとして勤めることができるので、日本で臨床医をやっていた方が、経験のため、臨床を放れて留学している人も多い。実際、ボストンでは、ハーバード大学、タフツ大学、MIT、ボストン大学など、医学系の有名な大学が多いので、日本ではお医者さんをやっていたというポスドクの方が、かなりの割合を占めている。

どういう人材なら教授のOKが出るかというと、やはり、これまでに書いた論文が評価の大きな割合を占める。

日本で行った研究が、一流の雑誌、すなわち、インパクトファクターの高い雑誌に論文として掲載されていれば、評価が高い。例えば、日本の博士課程で行った研究が、ネイチャーに掲載されていれば、多くのラボで受け入れOKの返事が貰えるだろう。

その理由としては、もちろん、そういった一流の論文を書いた経験がある研究者は、新しいラボでも、一流の研究を達成できる可能性が高いと思われるからである。また、一流の論文を書いた研究者であれば、研究費や奨学金を獲得しやすいので、経済的な面でもラボの戦力となることが期待される。

その他の、判断基準としては、日本の教授からの推薦書と、英語での面接、パワーポイントでの研究の発表である。研究発表では、英語のうまい下手よりも、研究の内容のほうが重要視されることが多いので、過去に、良い研究を行っていれば、自然と良い発表が可能になる。

意外に重要なのは、教授や他のラボのメンバーとの面接で、食事やお茶をしながら、生活について雑談したりするのだが、ここでは人柄が非常に重要なポイントとなる。

高慢な人や、あまりに悲観的な人、自己主張の激しすぎるひとなど、「この人とは、あまり一緒に仕事をしたくないな」と思われると、いくら高い業績をもっていても、ラボの雰囲気を乱すことが予想され、敬遠されることも多い。そういった、ヒューマンインターフェースの重要性は、この業界でも同じである。

研究者として、ネイチャークラスの論文を書くためには、まず、過去にネイチャークラスの論文をたくさん輩出しているラボに入れてもらうのが一番の近道である。そういったラボには、優秀な教授、ハイレベルな同僚、洗練された研究のノウハウ、新しい研究のネタ、そして潤沢な研究費、など、一流の研究に必要なものの多くが揃っている。

それゆえに、レベルの高い研究室は、多くのポスドク希望者が殺到し、相当な難関になる。有名ラボの教授は、毎月、数百の応募のe-mailを受信するそうだ。

例えば、ハーバードやMITのネイチャーを連発するようなラボには、普通、なかなか入れてもらえない。そういったラボにポスドクとして入れてもらうには、以下のいずれかのパターンが多い。

1)日本での指導教官が留学先の教授と知り合いで、強力に推薦してくれる場合。(コネ)

2)日本での研究が、ネイチャークラスの高インパクトファクターの雑誌に掲載されるなど、大きな業績がある場合。(実力)

3)日本から奨学金を持ってきたり、企業からの派遣で、人件費を留学先が負担しなくて良い場合。(カネ)

4)たまたま、ラボのメンバーが辞めて、ラボに空きができたところへ、急遽人材が必要なとき、そこそこ実力のある候補者が応募してきた場合(運)。

実力勝負といわれる科学研究者といえども、全く、実力だけで採否が決まる世界でもないところも、他の業界と同じなのかもしれない。

2007年3月11日 (日)

アメリカでは、研究は女性の仕事?

前回、アメリカ人は、理系研究者になりたがらないという話題を書いた。

しかし、アメリカ人の中でも、女性は比較的この職業に寛容で、実際、アメリカ人でポスドクになっている人の多くは女性である。

彼女達に話を聞いてみると、それは、日本で女性が芸術家や音楽家を目指す人が多いことの理由に似ているようだ。日本では、美大や音楽大学では、女子学生の数は男子生徒の数より圧倒的に多い。日本でも、男性が音楽家を目指すとなると、よほどお金持ちか何かでないと、なかなか家族を食わせられるぐらいに成功することは、そう簡単ではないと考えて敬遠するひとが多いのだろう。女性なら、例えば、プロのピアニストになれなかった場合でも、ピアノの先生でやっていけばいいと、音楽大学などに入学して、その道にチャレンジしやすいとことと似たイメージである。

実際、博士課程で出会ったカップルで、男女ともに博士をもっている人は、彼のほうは、博士修得後、製薬会社に就職し、彼女の方はポスドクでアカデミックの道を目指すというパターンをよく耳にする。

アカデミックの研究者では、食っていけるかどうか、リスクが高いので、そんな賭けに出られるのは、女性のほうが多いということなのだろう。

これを反映してか、アメリカでの女性教授の多さに驚かされる。まわりを見ると、3分の1程度は、女性である。

これは、日本では考えられないことである。私の出身の大学の学科では30人程度いる教授陣の中で女性は皆無だった。

アメリカでは教授だけでなく、大学の学部長、学長レベルでも女性が就任していることが珍しくない。先日、ハーバードの学長に女性教授が就任したことは記憶に新しい。

男性のほうが、数学など論理的な思考に強く、女性は情緒的で客観性に欠けるなどという発言をたまに耳にするが、私の経験では、サイエンスの能力において、男女の差はほとんどないと感じる。男女の差などは、あったとしても微々たるもので、それ以前の、個人の能力の差は甚大である。博士をとっても、大学の教官のポジションを得てかつ、研究を続けられるだけのグラントを確保できるのは1割程度でしかないこの業界では、男女の別なく、優秀な研究者として生き残れる人はそう多くはない。

私は、アカデミックの研究者という仕事は女性に向いているのではないかと思う。特に、子供を持つ女性には、融通が利く仕事だと思われる。

客相手の仕事ではないので、勤務時間帯の自由度はかなり高いし、休みも取りやすい。また、教授になれば実験以外のデスクワークが増えるので、自宅で仕事を進められる部分も多くなる。さらに、アプトプットは必ずしも時間に依存しないので、アイデアと技術さえよければ、短期間でよい業績を上げることも十分可能である。

他にも、出産のために一時期仕事を離れても、「博士」や「教授」という肩書きは世界共通の資格のようなものだし、「論文」という他人から評価しやすい業績があるので、次のポジションを得られやすいだろう。

企業の中では、研究という仕事の性質上、誰が貢献したか評価しにくいことが多く、企業秘密でその業績も公開されないので、他社に再就職する際には、自分の業績をアピールすることが難しい。

研究者で大成功しなかった場合、家族をもつ男性であれば、年齢的に40歳過ぎてポスドクというのは、収入的にも厳しく、実際にあまり聞いたことがないが、女性であれば、旦那が他の仕事でしっかり稼いでいれば、ポスドクの給料でも十分だろうし、客員研究員のような身分で、ハードでない勤務時間で子育てをしながら研究を続けているひともよく見かける。

しかし、何が日本での女性研究者の数を減らしているのだろう?

もちろん、ひとつは古い考え方の教授陣が「研究は男の仕事」と考えている部分があるからだろうか。口には出さないが、教授陣に女性が増えると居心地が悪いと感じる大御所の人たちも多いのかもしれない。

2つめに、そもそも、「女性で研究者になりたい」というひとが少ないのではないか。欧米では「キューリー夫人」のように女性の研究者で大成した偉人が古くから存在するが、日本ではあまり聞かない。湯川秀樹や、野口秀雄の世代の科学界の偉人に女性は見当たらない。歴代ノーベル賞を受賞した日本人も全員が男性である。

日本でも、そんな「女性の有名研究者」が出てくれば、研究者を目指す女の子達がふえるのではないだろうか。

私たちの世代で、女性研究者が少し増えたという話を聞いたことがある。それは、女性の理系への興味とともに、アニメなどの影響もあるのではないかと、個人的には思うところである。例えば、マンガ「動物のお医者さん」は、私たちの世代の研究者志望の若者達に絶大な影響を与えていると思う。この漫画には、一般にはあまり知られていないバイオ系研究者の生活が描かれており、女性が活躍する話の内容である。この業界の多くの人が、若い時代に読み、将来の選択肢として研究者を意識したのではないだろうか。

そういえば、アメリカでは「キム、ポシップル」という、女性が主人公のディズニーの理系漫画があり、子供に人気である。アメリカでは、こうやって、次の世代の理系研究者が育っているのかもしれない。

日本でも、女性が活躍する理系漫画が増えれば、研究のフィールドで女性が活躍する機会が増えていくのかもしれない!?

2007年3月 2日 (金)

アメリカの研究を支えるのは外国人

意外なことだが、アメリカのラボでは、アメリカ人は少なく、外国人が多い。

私は、アメリカのラボに来たのだから、当然、アメリカ人の研究者が多いのだろうと思っていたが、周囲のラボのメンバーを見渡すと、中国人が半分、残りの半分をロシア人とインド人、中国以外のアジア人で三等分したような人口構成である。アメリカで生まれ育って、アメリカの大学を出たという研究者は滅多にお目にかかれない。

何人かの他のアメリカの大学に留学している友人に聞いたところ、この現象は、ハーバードだけでなく、アメリカでは一般的なことらしい。

そして、それはバイオに限らず、情報系、機械系でも同様だと言う。

聞くところによると、アメリカのアカデミックにおける理系研究者の90%がアメリカ人でない外国人であるそうだ。

これはいったいどうしたことか?

アメリカの産業を支えている理系の研究。

その根底である大学研究機関がアメリカ人以外の外国人によって支えられているとは。

ラボにいる数少ないアメリカ人にそのことを聞いてみた。

こんな答えが返ってきた。

アメリカでは、職業を選ぶときにまず、「給料」だという。

まず、学生に一番人気は、弁護士、金融系などの文系の職業。こういった職業は、上は数億円の給料が望める。まさに、ミリオネア(億万長者)になれる可能性がある職業である。

理系なら臨床医。アメリカでは、日本と違い、医者の給料は高く、勤務医でも平均2000万円から4000万円程度の給料が与えられる。

だから、アメリカの勉強ができる若者は、大学を出たら多少の社会経験を積んだ後、ロースクールか、メディカルスクール、ビジネススクールに通う。そして、臨床医、弁護士、コンサルタントや金融系などの高給の望める専門職を目指す。それが王道であるそうだ。

万一、どうしても理系の実験が好きで、博士課程に行くことを選んだ場合も、博士修得後は、そこそこ給料の高い、製薬企業を目指すか、または、バイオベンチャーを自分で造ることを目指すということだった。製薬企業に行けば、若くても、博士であれば、いきなり1000万円ぐらいの給料を得られるし、バイオベンチャーは当たれば、ミリオネアになれる。

そういわれれば、アメリカのテレビ番組では、「億万長者」を意識した番組が人気である。「ミリオネア」という番組は私も良く見ているのだが、素人の番組出演者が夢を語り、最高、1億円をその場で手にするといいうエンターテイメント番組である。

もうひとつの億万長者系人気番組は、「アパレンタス」。大富豪であるトランプ氏が、ビジネススクールなどを出たエリートの若者に、ビジネスプランを実行させるという番組である。優勝者は、トランプ氏率いる財閥の幹部としての道が開けるというもの。これらの番組は、日本人からみればお金が前面に出すぎていて、少しいやらしいとさえ感じるが、アメリカでは人気を博している。この国でのお金持ちの意味合いは日本とは少し違ったところがあるのかもしれない。

彼らにとって大学などのアカデミックの職とは、薄給の博士課程(年収200万円程度で5,6年年)、ポスドク(年収400万円程度で3から5年以上)と10年あまりの経済的に恵まれない時代を過ごした後、やっと助手になっても、年収800万円程度からスタートと、全く労力に見合わない職なのだろう。ある意味、理にかなった選択のようだ。

では、日本の学生は、どういった仕事を目指すのか?「理系離れ」が問題になりつつも、アメリカほど極端ではないだろう。「給料の額は全く気にしていない」という人は少ないとしても、ある程度、「金より名誉」、「武士は食わねど高楊枝」というところが文化的にあるのではないか。「末は博士か大臣か」と、日本では「大臣」と並べられるほどに(?)、「博士」に価値があるとさえ言われるのだから。

日本では、大学教授への道は、公務員と同様に、勉強のできる学生にとって、ある程度、人気の職業である。医師にしても、開業医でない限りはアメリカほど高給が期待できない上に重労働を強いられるが、日本でも人気の職業で、医学部はいつの時代も難関である。

他の国ではどうかと、中国人や、ヨーロッパから来た研究者に話を聞いたところ、これらの国でもアメリカと違い、日本と似たような価値観があるという。これらの歴史ある国では、著名な学者は、貧乏でも尊敬されてきたし、実際、多くの社会貢献をしてきていることが、自然に若者の進路に影響するということだろうか。

しかし、アメリカの産業の根底を支えている理系研究職が、アメリカ人に敬遠されているというのは、この先数十年を考えるとまずいのではないか?

中国やインドが経済力をつけてきて、それらの国から来ている研究者たちが国に帰ってしまったら、アメリカの研究機関は空洞化してしまうのではないか。

これは、日本についても言えると思う。日本でも近年、「理系離れ」が問題になっているが、優秀な人材が理系研究者の職業を避けるようになると、「科学技術立国、日本」は、アメリカ以上に危なくなってくるのではないか。現状では、日本には、アメリカのように優秀な外国人研究者が大量にやって来てくれることは期待できない。この、アメリカの研究者の人口構成の状況には、日本の科学研究の将来を考えさせられた。

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