2007年6月25日 (月)

英語の上達(日常編)

英語の上達(研究編)で書いたように、研究に関する英語の技術は、数ヶ月単位でみるみる上達した。それでは、日常の英語のレベルは、留学後、どのくらいの期間で上達するものなのだろうか?

留学する以前は、「1年もアメリカに住んでいれば、日常生活の英語など、自然にぺらぺらになるだろう」というぐらいに考えていたが、全く甘かった。

日常会話やテレビや映画のリスニングは、予想以上に上達が遅かった。ランチタイムやパーティーで、会話を盛り上げることや、電話での受け答えなどは、留学2年目ぐらいまで、全く苦手で、留学前とそう変わらないのではないかと思うほどだった。テレビや映画のヒアリングも、意外に上達しない。2年目までは、ほとんど上達が実感できなかった。

私の場合、これらについて上達が実感できたのは、3年目に入ってからである。

こういった、一般の日常の会話などは、30歳を超えて留学しても、そうそう簡単には上達しないようだ。

1)パーティーなどでの日常の会話に関して

研究の英語と言うのは、使う単語や表現のパターンのバリエーションがそれほど多くないので上達が早い。それに比べて、一般会話というのは、単語のバリエーションが多い上に、外国人相手でなく、ネイティブ同士のコミニュケーションに割って入らなければならないようなことが多く、そう簡単にはいかないのだろう。これも、上達させるためには、場数で勝負していくしかない。

1年、2年目では、英語でのパーティーや食事での会話は、相当なストレスだったが、3年を過ぎる頃には、なんとか、会話をもたせることがきるようになってきた。ストレスを感じても、食事などの機会があれば、参加することを避けないように努力してきた成果だと思う。

もし、外国人とのパーティーを避ける生活を続けてきたとしたら、たとえ、5年間アメリカで仕事をしていても、パーティーなどでの日常会話は全く上達しなかったのではないかと感じる。

いずれにしても、研究の英語と違って、日常の英会話というのは、半年や1年でそうそう上達するという類のものではないようだ。

パーディーなどで場を盛り上げるコツとして、だんだんわかってきたことは、聞き役に回るよりも、話し役に回ったほうが会話に参加しやすいということだ。

聞き役に回った場合、自分のあまり得意でないジャンルの話題をされると、その会話についていくのは非常に難しいが、自分が話し役として積極的に話してゆけば、自分の得意な話題で会話を進めることができ、英語力がそれほど高くなくても、その場を盛り上げることができる。

2)テレビや映画のヒアリングについて

テレビや映画のヒアリングも、上達は遅く、3年半たった今でも、すらすらわかるというレベルではない。ありがたいことに、アメリカのテレビでは、聴力障害者のために、ほとんどすべての番組で英語字幕が出る。3年半たった今でも、この字幕を見ながら一生懸命聞いて、やっとなんとか意味が理解できる程度である。

日本語であれば、他のことをしながらテレビを聞き流していても、内容を理解できるものだが、英語の番組となると、一生懸命、集中して聴いてやっと7割ぐらい理解できるレベルである。

よく、映画の字幕なしで、内容が理解できるかどうかが、英語の上達の指標にあげられるが、本当にそれができる人は、相当なレベルに達した人たちなのだと思う。

30歳を超えて、3,4年留学したぐらいでは、そのレベルには、なかなか達するものではないらしい。

もちろん、これも映画の内容によるのだが、アクション映画や漫画であれば、初めの3ヶ月ぐらいで結構、わかるようになるし、裁判系の映画などは、未だにほとんどわからない。

逆に、バイオ系や医療系の自分の仕事に比較的近い内容の映画であれば、かなり理解できるので、これも、映画のジャンルにごとに特別なトレーニングをすれば、上達していくのかもしれない。

勉強法としては、テレビで流れる英語字幕を活用することがお勧めである。耳では全く聞き取れなかったフレーズも、視覚的に見れば、知っているフレーズであることも多い。英語字幕と発音を一致させながらヒアリングを続けることで、英語の耳を上達させるよいトレーニングになる。

映画やテレビが難しいのに対して、ラジオの英語は、聞き取りやすい。やはり、音声でしか情報が伝わらないので、放送するアナウンサーも、テレビのニュースなどとは違って、はっきりした発音をしているからなのだろう。

リスニングの自信をつけるためにも、FMなどを聞くことはお勧めである。

ボストンではFM106.7というラジオ局が若い人に人気があり、研究室でもよく流れている。時折流れる、ヘッドラインニュースをはじめ、渋滞情報、天気予報、CMさえも、耳を英語に慣らすトレーニングになる。

3)英字新聞について

アメリカの主要都市、ボストンをはじめ、NY、サンフランシスコなどでは、メトロ社の発行する無料の新聞「Metro」が毎朝、地下鉄の駅などで配られる。

これを、毎日、ランチの時間に読み始めたのだが、初めの頃は、驚くほど、読めなかった。

研究者は学生の頃から、かなりの量の英語論文を読む必要があり、私も十数年間、毎日、何時間も英語論文を読んできたので、英語の論文を読むことに関しては自信があった。しかし、新聞となると全く勝手が違うことに初めて気づいた。

科学論文と新聞などの一般英語では使われる単語セットが、かなり違う。

例えば、新聞で毎日のように出てくる事件の「容疑者」という意味の”suspect”という単語を私は知らなかった。新聞では頻出の単語だが、科学論文では十数年間の研究生活のなかで見たことがない単語だった。

勉強法としては、新聞を見ながら電子辞書でわからない単語を、いちいち調べていくという、まめな作業を続けていくのが良かったのだと思う。頻出の単語から順に、自然に覚えていくことができる。そうしているうちに、3ヶ月ほどで、だいたい、わかるようになってきた。

効果があったと思う方法としては、まず、インターネットでヤフーなどの日本語のニュースを読んで、その日の大体の記事の内容を掴んでおき、それを知ってから、英語新聞を読むという方法だ。

そうすることで、知らない単語でも、これは多分こういう意味なのだろうと、類推することができ、辞書を引く回数をかなり減らすことができた。こうすることで、読むときのストレスがかなり軽減された。英語の練習というのは、ピアノやギターなどの楽器練習と同じで、毎日、少しづつでも続けることが大事なのだと思う。そういう点で、毎日発行される無料新聞をなるべくストレスが少ない方法で読み続けるということがよいのではないかと思う。

その他の英語のリーディング勉強法としては、「英語の雑誌を読むこと」である。アメリカの本屋に行くと雑誌のコーナーには、日本の2倍ほどはあろうかという数の雑誌がある。日本よりも趣味が多様だし、英語圏の人口は日本人の数倍はいるので、購買者の絶対数も格段に多く、多種類の雑誌が発行されているのだろう。これらの中から、自分の趣味に近いものを定期的に買って読むのも、ひとつの勉強法である。

自分の興味のあることであれば、英語の上達も早いし、そもそも、内容もよく知っているので、理解が早く、「英語を読める」という自信がつく。

例えば、私の場合、コンピュータ関係の本であれば、日本の雑誌との共通の話題も多く、新製品の話題や、マシンのスペックなどは、ほとんど、日本の雑誌と同じなので、読むことにストレスを感じなかった。こうやって自分の趣味のジャンルから、英語を広げていくというのも一つの勉強法だろう。

今思えば、テレビのヒアリングや、英字新聞のリーディングの練習などは、日本にいるときにでも十分に練習できたことではないかと思う。アメリカに来ると、いやおうなしに、勉強せざるをえない状況になるので、モチベーションも上がるが、日本に住んでいてもモチベーションが高いひとには、リーディングとヒアリングの勉強に時間を割くことをお勧めする。

2007年5月26日 (土)

ノーベル賞とネイチャー級の研究との距離

ボストン・レッドソックスでは、この春、松坂が大活躍しているが、彼が世界のスーパースターになるまでには、どれほどの難関をくぐってきたことだろう。

まずは、小学生リーグで頭角を現し、中学で天才と騒がれ、野球部の有名な高校に入学する。高校野球で甲子園に出れば、地元ではちょっとした有名人になるが、そんな球児は全国に何千人とおり、そこからプロになることができるのは、ほんの一握りである。それだけの競争を勝ち抜いて、やっとプロになれたとしても、こうやってアメリカメジャーリーグで活躍できる選手になれるのは、さらに何百人に一人だろう。

プロ野球選手にあこがれる小学生の中から、実際に世界のスーパースターになれるのは、数百万人に一人ぐらいのものだろう。

科学の世界で、スーパースターといえば、真っ先に思いつくのは、「ノーベル賞受賞者」だ。日本人の受賞者は、この100年間で9人しかいない。

(湯川秀樹, 朝永振一郎, 江崎玲於奈 ,福井謙一 ,利根川進 ,白川英樹 ,野依良治 ,小柴昌俊, 田中耕一 

ノーベル賞は、科学の大発見に対して与えられるのだが、その多くは、ネイチャー級の一流雑誌に掲載された研究である。

(ノーベル賞を受賞する研究の中には、発表当時は先端的すぎて、一流雑誌に掲載されなかったものもしばしばあるのだが。)

このブロクの第一話で、「ネイチャーに論文を載せることは研究者の夢だ」と書いた。

では、ネイチャー級の論文の中でどのくらいにひとつの研究がノーベル賞を取りうるのだろうか?

まず、研究の全体から考えると、インパクトファクターを算出する会社、トムソン社の統計によると、世界中で1年間に発表される自然科学系の論文は約100万報もある。

これに対し、ネイチャーに掲載される論文は、年に約1000報。ネイチャーと並ぶ有名雑誌、science誌やcell誌、その姉妹誌などを含めると、2、3千報ぐらいが「一流の研究」ということになるだろう。ネイチャー級の論文になるのは、一般に行われている科学研究の300から500に1つの大発見ということになる。

科学分野のノーベル賞は、毎年、物理、化学、医学の3ジャンルからそれぞれ、1から3人づつが選ばれるので、年間、3から9人の科学者が受賞することになる。普通、ノーベル賞を受賞するのは数個の主要な論文に対してであるが、その中に1つはネイチャー級の論文が含まれるとすると、大雑把に言えば、ネイチャー級の論文の中で、更に、300から1000にひとつの、超大発見だけが、ノーベル賞を受賞するという計算になる

ハーバードで研究していても、ネイチャー級の論文を書いた研究者が回りにごろごろいるというわけではない。ネイチャー級の論文を書いた研究者は大抵、その学科では有名人である。ノーベル賞というのは、そんな各分野で超一流の研究者を世界中から数百人集めて、その中ではじめて一人が受賞するというレベルの代物なのだ。

野球の世界に例えて言うなら、普通の論文を書いている研究者が甲子園に出場経験のある選手(日本で数万人)とすれば、ネイチャー級の研究を成し遂げた研究者が、日本のプロ野球で活躍する選手(日本で数百人)。そして、ノーベル賞受賞者は、メジャーリーグでも有名になっている松坂やイチロー級の選手(日本人で数人)ということになるだろうか。

ちなみに、ハーバード大学出身のノーベル賞受賞者は37人だそうだ。ひとつの大学で日本全体の4倍の人数である。

余談になるが、私も実際に、身近で偶然にも、ノーベル賞受賞者のひとりに知り合う機会があった。何度かご自宅にお邪魔したのだが、印象的だったのは、奥様が我々の会話の相手をされている間に、ノーベル賞受賞者の先生自らが、食器を下げて洗いものをされておられたことだった。偉大な業績を残されてなお、家事の手伝いを自然に行っている姿に感銘を受け、私もできるかぎり家事を手伝うことに決めた。

2007年4月 9日 (月)

英語の上達(研究編)

留学後、どのくらいの期間で英語が上達するのか?

渡米したばかりの人たちによく聞かれる質問であるが、私の体験をもとに、留学後の上達の過程と、上達の仕組み、日本にいる時にどういった勉強をすべきだったかを考えてみたい。

留学する前は、「アメリカに住んでいれば、自然に英語も上達するだろう」ぐらいに軽く考えていた。日本では、英会話のNova3ヶ月ほど通ったが、あまり上達した感触はなかった。個人的に思うのは、英会話学校に数ヶ月行くぐらいの練習量などは、留学してしまえば、数週間のうちに経験してしまうということだ。

Novaでの経験は、英語の勉強よりは、そこで出会った人たちとのコミニュケーション、異業種交流という意味では、非常に有意義だった。)

留学前に日本で英語を勉強するなら、会話(聞く話す)でなく、読み書きや、発表の技術などに時間を費やすべきだったと感じている。読み書きや、発表に関しては、日本で勉強しようと、留学先で勉強しようと、似たようなレベルのエネルギーが必要だが、聞くことと話すことに関しては、留学先では、はるかに少ない労力、費用で上達する。

初めの2週間は、驚くほど英語が通じなかった。留学前の私の英語経験は、1度海外の学会に参加したことがある程度。英語での発表は、なんとかできるが、会話は初歩的なことだけというレベルだった。初めの2週間は、研究テーマに関しての議論や、実験の手法やラボの仕組みを教えてもらうのに、お互いの意思が通じなくて相当なストレスを感じた。その理由を今、思い返してみると以下のようなる。

1)自分の発音が悪いので通じない。例えば、試験管を3つ欲しい(three tubes)と言ってもThの発音ができていないので、カタカナで「スリー」と言ってしまい、これが全く通じない。この場合、指を3本立てるなど、ゼスチャーを駆使したり、とにかく紙とペンを持って歩き、文章や絵を描きまくることで、なんとか乗り切った。そのうちゆっくりでいいので、Ths、zの違い、gとzの違い、lとrの違い(これは未だに難しいが)を意識して発音するようにすると、結構、通じるようになってきた。

2)相手の発音が聞き取れない。文章を見れば知っているフレーズでも、早く言われたり、正しい発音で言われたりすると、こちらはカタカナで覚えているので認識できない。

3)かなり高頻度で使うフレーズでも日本では習わないので知らない。例えば、「これで終わり!」という意味の「That’s it.」など、日常生活で多用されるにもかかわらず、日本の英語教育ではあまり習わない(または単に自分が知らない)フレーズが結構ある。これらのフレーズを覚えるだけでも、かなりコミュニケーションができるようになってくる。

これらの初歩的なことは、1ヶ月ぐらいもすると、自然に身についてくる。そういう意味では、1ヶ月でも海外留学を経験するとしないとでは、後々、研究者として外国人と共同研究など交流をもつときに大きな違いがでてくると思う。今更ながら、学生など時間のあるときに、夏休みなどを利用して、ただ働きでいいから海外のラボに入れてもらい、英語漬けで生活するという経験をしていれば、この初めの導入もかなりスムーズに行ったと思う。また、そういう経験があれば、ラボ選びの面接を受ける際にも、選択の幅が広がったと感じる。

初めの3ヶ月間は、相当なスピードで英語力が上達した3ヶ月間、毎日、英語ばかりつかっていると、たいていの頻出フレーズ、単語、その発音を耳と口が覚えていく。この間は日々、自分の英語の上達が実感できた。初めの3ヶ月で研究に関する会話、例えば教授との研究に関する議論や、同僚との実験に関する意思伝達に関しては、流暢ではないが、意思疎通に問題はなくなった。

しかし、3ヶ月以降は案外、上達した感覚がない。この後は、急激な進歩は見られず、じわじわとゆっくり上達してくるようだ。1年たった頃でも、過去形や複数形などの文法はあまり気にせずに話していたし、ラボミーティングで白熱した議論になってくると、全く聞き取れていないことも多かった。このまま、もう上達しないのではないかと不安に思ったものだ。次に上達が感じられるのは、2年後ぐらいで、この頃になると、3ヶ月目のように、めちゃくちゃな英語でとにかく意思を通じさせるのでなく、文法的に正しいかとか、より適切な単語はどれかとか選ぶ余裕がでてきた。脳がいきなり英語にさらされて、その記憶が定着していくのに2年ぐらいはかかるのだろう。

長くアメリカで仕事をしている人たちの話を聞くと、渡米後、5年間ぐらいは英語が上達し続けるそうである。しかし、その後は特別な努力をしない限り、マックスに達してしまいなかなか上達しないらしい。私は今年で4年目になるが、未だに日常生活を送っているだけで、少しづつではあるが、上達していることを感じる。

結論を言うと、研究の英会話の上達関して、

1ヶ月もいれば、研究に関して全く意思が通じないというレベルを脱することができる。

3ヶ月もいれば、とにかく意思を伝達させるだけなら問題はなくなる。

2年いれば、ある程度適切な英語で意思疎通ができるようになる。

5年いれば、英語に関するひととおりのことはマックスに達する(予想)。

以上、私の経験であるが、もちろん、個人差は多大である。特に大きな違いがあるのは、

1)留学するときの年齢。もちろん若い方がいい。私は30代前半でポスドク留学しているが、20代後半で博士課程留学しているひとたちなどは、格段に上達が早くかつ、マックスに達するレベルが高いと感じる。さらに20歳前後で学部生で留学している人は、大学院やポスドク留学している人たちとは、全く違う次元のレベルに達しているようで、状況によっては英語のほうが快適だというレベルに達しているようなひともみかける。逆に40歳前後で渡米した人たちは、一般に上達が遅い人が多いように思う。

2)社交的な性格のひとは、別格。社交性によっても、全く上達が違うようだ。特に話す能力は、個人差が大きい。聞く能力は、比較的滞在年数に比例することが多いが、話すほうは、そうでもなく、日本語を話す能力にかなり相関しているように思う。日本語でもおしゃべりな人は、英語でもだまっていられないらしく、はじめから、めちゃくちゃな英語でも喋りまくる。そのうち正しい英語も覚えてくるので結局、速いスピードで上達するようだ。

3)立場の変化。私の場合、3年目に新しいメンバーを指導する立場になった。いやでも、人とかかわっていかなくてはならなくなり、はじめはかなりのストレスだったが、この頃から急激に会話が上達したように思う。職場での指導的なポジションや会の幹事など、ストレスでもなるべく多く引き受けることで、格段に英語力が上達する可能性がある。

2007年4月 1日 (日)

研究者として留学するには

理系研究者でない文系のビジネスマンや、これから理系研究者を志そうとしている学生の方などのために、理系の研究留学について説明したい。

理系研究者として日本人からアメリカに留学するには、2つの身分がある。

1)アメリカの大学の博士課程に入学する

2)アメリカの大学で博士後研究員(ポスドク)として働く

まず、1)は、日本の理系大学の修士や博士課程同様、4年制の大学または、獣医、医学部などの6年制の大学を卒業した後に、試験(専門学力と英語)と面接を受け、入学する。留学期間としては、5,6年といったところである。

収入としては、年200万円ぐらいの奨学金を取る人が多い。奨学金といっても、日本の育英会のように返還義務があるものは少なく、実質上、給料のようなもので返す必要がないものが多い。その点でも、日本の多くの大学よりも待遇がよい。

しかし、有名大学の博士課程は難関で、ハーバードやMIT、カルフォルニア大学などの有名校になると、50倍から100倍と相当な難関である。

話がそれるが、日本の大学では、東大などの有名大学でさえ博士課程の定員が桁違い多く、難しくても数倍程度の倍率でしかないこととは対照的である。一般にアメリカの大学では、少数精鋭で博士を育てることで、博士の質を保っているように思われる。日本では、博士課程を出たはいいが、就職に困ることが多々ある。悪く言えば、学生の方は、「就職がないから博士でも行くか」と安易に進学を決め、教授の方は、博士課程の学生は、「ただ働きする労働力」程度に考えて、指導の余力もないのに多くの博士学生を抱えるという構図である。そういう意味もあるのか、日本の博士課程の枠は、近年、拡大され続けてきた。私は、日本でも、この少数精鋭の博士課程を目指すべきではないかと思う。

このように、アメリカの有名大学の博士課程は英語の堪能なアメリカ人にとっても、それほどの難関であるのに、日本から受験するとなると、更にハードルは高くなる。

実際、こちらで出会った日本人のハーバードやMITの博士課程の学生は、かなりの割合が帰国子女で、少なくとも英語に問題はないような人たちが多いように感じる。

中堅の地方大学になると、そこそこ入りやすいようであるが、研究レベルの高くない大学だと、博士は取ったものの、就職先がないということはよくある話である。

そういう意味でも、1)のコースは、なかなか難関である。

2)のコースは、1)のコースとは対照的に門戸が広い。私もこの身分である。

必須条件としては、日本で博士課程を出るなどして、博士の資格を取っていることだけで、あとは、受け入れ先の教授が、OKと言えば、それだけで留学可能である。学力試験などは、特に必要ない。

留学期間としては、普通2年から5年程度。場合によっては、共同研究で半年だけとか、逆に10年くらい居座るひともいる。

収入は、交渉によるのだが、350万円から500万円ぐらいで、家族がいると贅沢はできないが、独身なら問題ない額である。

日本の博士課程を卒業して就職先としてポスドクを選ぶ人の他、企業からポスドクからアメリカの大学に派遣されるというコースもある。医師や獣医は、博士(PhD)の資格を持っていなくても、博士レベルの学位とみなされ、ポスドクとして勤めることができるので、日本で臨床医をやっていた方が、経験のため、臨床を放れて留学している人も多い。実際、ボストンでは、ハーバード大学、タフツ大学、MIT、ボストン大学など、医学系の有名な大学が多いので、日本ではお医者さんをやっていたというポスドクの方が、かなりの割合を占めている。

どういう人材なら教授のOKが出るかというと、やはり、これまでに書いた論文が評価の大きな割合を占める。

日本で行った研究が、一流の雑誌、すなわち、インパクトファクターの高い雑誌に論文として掲載されていれば、評価が高い。例えば、日本の博士課程で行った研究が、ネイチャーに掲載されていれば、多くのラボで受け入れOKの返事が貰えるだろう。

その理由としては、もちろん、そういった一流の論文を書いた経験がある研究者は、新しいラボでも、一流の研究を達成できる可能性が高いと思われるからである。また、一流の論文を書いた研究者であれば、研究費や奨学金を獲得しやすいので、経済的な面でもラボの戦力となることが期待される。

その他の、判断基準としては、日本の教授からの推薦書と、英語での面接、パワーポイントでの研究の発表である。研究発表では、英語のうまい下手よりも、研究の内容のほうが重要視されることが多いので、過去に、良い研究を行っていれば、自然と良い発表が可能になる。

意外に重要なのは、教授や他のラボのメンバーとの面接で、食事やお茶をしながら、生活について雑談したりするのだが、ここでは人柄が非常に重要なポイントとなる。

高慢な人や、あまりに悲観的な人、自己主張の激しすぎるひとなど、「この人とは、あまり一緒に仕事をしたくないな」と思われると、いくら高い業績をもっていても、ラボの雰囲気を乱すことが予想され、敬遠されることも多い。そういった、ヒューマンインターフェースの重要性は、この業界でも同じである。

研究者として、ネイチャークラスの論文を書くためには、まず、過去にネイチャークラスの論文をたくさん輩出しているラボに入れてもらうのが一番の近道である。そういったラボには、優秀な教授、ハイレベルな同僚、洗練された研究のノウハウ、新しい研究のネタ、そして潤沢な研究費、など、一流の研究に必要なものの多くが揃っている。

それゆえに、レベルの高い研究室は、多くのポスドク希望者が殺到し、相当な難関になる。有名ラボの教授は、毎月、数百の応募のe-mailを受信するそうだ。

例えば、ハーバードやMITのネイチャーを連発するようなラボには、普通、なかなか入れてもらえない。そういったラボにポスドクとして入れてもらうには、以下のいずれかのパターンが多い。

1)日本での指導教官が留学先の教授と知り合いで、強力に推薦してくれる場合。(コネ)

2)日本での研究が、ネイチャークラスの高インパクトファクターの雑誌に掲載されるなど、大きな業績がある場合。(実力)

3)日本から奨学金を持ってきたり、企業からの派遣で、人件費を留学先が負担しなくて良い場合。(カネ)

4)たまたま、ラボのメンバーが辞めて、ラボに空きができたところへ、急遽人材が必要なとき、そこそこ実力のある候補者が応募してきた場合(運)。

実力勝負といわれる科学研究者といえども、全く、実力だけで採否が決まる世界でもないところも、他の業界と同じなのかもしれない。

2007年3月11日 (日)

アメリカでは、研究は女性の仕事?

前回、アメリカ人は、理系研究者になりたがらないという話題を書いた。

しかし、アメリカ人の中でも、女性は比較的この職業に寛容で、実際、アメリカ人でポスドクになっている人の多くは女性である。

彼女達に話を聞いてみると、それは、日本で女性が芸術家や音楽家を目指す人が多いことの理由に似ているようだ。日本では、美大や音楽大学では、女子学生の数は男子生徒の数より圧倒的に多い。日本でも、男性が音楽家を目指すとなると、よほどお金持ちか何かでないと、なかなか家族を食わせられるぐらいに成功することは、そう簡単ではないと考えて敬遠するひとが多いのだろう。女性なら、例えば、プロのピアニストになれなかった場合でも、ピアノの先生でやっていけばいいと、音楽大学などに入学して、その道にチャレンジしやすいとことと似たイメージである。

実際、博士課程で出会ったカップルで、男女ともに博士をもっている人は、彼のほうは、博士修得後、製薬会社に就職し、彼女の方はポスドクでアカデミックの道を目指すというパターンをよく耳にする。

アカデミックの研究者では、食っていけるかどうか、リスクが高いので、そんな賭けに出られるのは、女性のほうが多いということなのだろう。

これを反映してか、アメリカでの女性教授の多さに驚かされる。まわりを見ると、3分の1程度は、女性である。

これは、日本では考えられないことである。私の出身の大学の学科では30人程度いる教授陣の中で女性は皆無だった。

アメリカでは教授だけでなく、大学の学部長、学長レベルでも女性が就任していることが珍しくない。先日、ハーバードの学長に女性教授が就任したことは記憶に新しい。

男性のほうが、数学など論理的な思考に強く、女性は情緒的で客観性に欠けるなどという発言をたまに耳にするが、私の経験では、サイエンスの能力において、男女の差はほとんどないと感じる。男女の差などは、あったとしても微々たるもので、それ以前の、個人の能力の差は甚大である。博士をとっても、大学の教官のポジションを得てかつ、研究を続けられるだけのグラントを確保できるのは1割程度でしかないこの業界では、男女の別なく、優秀な研究者として生き残れる人はそう多くはない。

私は、アカデミックの研究者という仕事は女性に向いているのではないかと思う。特に、子供を持つ女性には、融通が利く仕事だと思われる。

客相手の仕事ではないので、勤務時間帯の自由度はかなり高いし、休みも取りやすい。また、教授になれば実験以外のデスクワークが増えるので、自宅で仕事を進められる部分も多くなる。さらに、アプトプットは必ずしも時間に依存しないので、アイデアと技術さえよければ、短期間でよい業績を上げることも十分可能である。

他にも、出産のために一時期仕事を離れても、「博士」や「教授」という肩書きは世界共通の資格のようなものだし、「論文」という他人から評価しやすい業績があるので、次のポジションを得られやすいだろう。

企業の中では、研究という仕事の性質上、誰が貢献したか評価しにくいことが多く、企業秘密でその業績も公開されないので、他社に再就職する際には、自分の業績をアピールすることが難しい。

研究者で大成功しなかった場合、家族をもつ男性であれば、年齢的に40歳過ぎてポスドクというのは、収入的にも厳しく、実際にあまり聞いたことがないが、女性であれば、旦那が他の仕事でしっかり稼いでいれば、ポスドクの給料でも十分だろうし、客員研究員のような身分で、ハードでない勤務時間で子育てをしながら研究を続けているひともよく見かける。

しかし、何が日本での女性研究者の数を減らしているのだろう?

もちろん、ひとつは古い考え方の教授陣が「研究は男の仕事」と考えている部分があるからだろうか。口には出さないが、教授陣に女性が増えると居心地が悪いと感じる大御所の人たちも多いのかもしれない。

2つめに、そもそも、「女性で研究者になりたい」というひとが少ないのではないか。欧米では「キューリー夫人」のように女性の研究者で大成した偉人が古くから存在するが、日本ではあまり聞かない。湯川秀樹や、野口秀雄の世代の科学界の偉人に女性は見当たらない。歴代ノーベル賞を受賞した日本人も全員が男性である。

日本でも、そんな「女性の有名研究者」が出てくれば、研究者を目指す女の子達がふえるのではないだろうか。

私たちの世代で、女性研究者が少し増えたという話を聞いたことがある。それは、女性の理系への興味とともに、アニメなどの影響もあるのではないかと、個人的には思うところである。例えば、マンガ「動物のお医者さん」は、私たちの世代の研究者志望の若者達に絶大な影響を与えていると思う。この漫画には、一般にはあまり知られていないバイオ系研究者の生活が描かれており、女性が活躍する話の内容である。この業界の多くの人が、若い時代に読み、将来の選択肢として研究者を意識したのではないだろうか。

そういえば、アメリカでは「キム、ポシップル」という、女性が主人公のディズニーの理系漫画があり、子供に人気である。アメリカでは、こうやって、次の世代の理系研究者が育っているのかもしれない。

日本でも、女性が活躍する理系漫画が増えれば、研究のフィールドで女性が活躍する機会が増えていくのかもしれない!?

2007年3月 2日 (金)

アメリカの研究を支えるのは外国人

意外なことだが、アメリカのラボでは、アメリカ人は少なく、外国人が多い。

私は、アメリカのラボに来たのだから、当然、アメリカ人の研究者が多いのだろうと思っていたが、周囲のラボのメンバーを見渡すと、中国人が半分、残りの半分をロシア人とインド人、中国以外のアジア人で三等分したような人口構成である。アメリカで生まれ育って、アメリカの大学を出たという研究者は滅多にお目にかかれない。

何人かの他のアメリカの大学に留学している友人に聞いたところ、この現象は、ハーバードだけでなく、アメリカでは一般的なことらしい。

そして、それはバイオに限らず、情報系、機械系でも同様だと言う。

聞くところによると、アメリカのアカデミックにおける理系研究者の90%がアメリカ人でない外国人であるそうだ。

これはいったいどうしたことか?

アメリカの産業を支えている理系の研究。

その根底である大学研究機関がアメリカ人以外の外国人によって支えられているとは。

ラボにいる数少ないアメリカ人にそのことを聞いてみた。

こんな答えが返ってきた。

アメリカでは、職業を選ぶときにまず、「給料」だという。

まず、学生に一番人気は、弁護士、金融系などの文系の職業。こういった職業は、上は数億円の給料が望める。まさに、ミリオネア(億万長者)になれる可能性がある職業である。

理系なら臨床医。アメリカでは、日本と違い、医者の給料は高く、勤務医でも平均2000万円から4000万円程度の給料が与えられる。

だから、アメリカの勉強ができる若者は、大学を出たら多少の社会経験を積んだ後、ロースクールか、メディカルスクール、ビジネススクールに通う。そして、臨床医、弁護士、コンサルタントや金融系などの高給の望める専門職を目指す。それが王道であるそうだ。

万一、どうしても理系の実験が好きで、博士課程に行くことを選んだ場合も、博士修得後は、そこそこ給料の高い、製薬企業を目指すか、または、バイオベンチャーを自分で造ることを目指すということだった。製薬企業に行けば、若くても、博士であれば、いきなり1000万円ぐらいの給料を得られるし、バイオベンチャーは当たれば、ミリオネアになれる。

そういわれれば、アメリカのテレビ番組では、「億万長者」を意識した番組が人気である。「ミリオネア」という番組は私も良く見ているのだが、素人の番組出演者が夢を語り、最高、1億円をその場で手にするといいうエンターテイメント番組である。

もうひとつの億万長者系人気番組は、「アパレンタス」。大富豪であるトランプ氏が、ビジネススクールなどを出たエリートの若者に、ビジネスプランを実行させるという番組である。優勝者は、トランプ氏率いる財閥の幹部としての道が開けるというもの。これらの番組は、日本人からみればお金が前面に出すぎていて、少しいやらしいとさえ感じるが、アメリカでは人気を博している。この国でのお金持ちの意味合いは日本とは少し違ったところがあるのかもしれない。

彼らにとって大学などのアカデミックの職とは、薄給の博士課程(年収200万円程度で5,6年年)、ポスドク(年収400万円程度で3から5年以上)と10年あまりの経済的に恵まれない時代を過ごした後、やっと助手になっても、年収800万円程度からスタートと、全く労力に見合わない職なのだろう。ある意味、理にかなった選択のようだ。

では、日本の学生は、どういった仕事を目指すのか?「理系離れ」が問題になりつつも、アメリカほど極端ではないだろう。「給料の額は全く気にしていない」という人は少ないとしても、ある程度、「金より名誉」、「武士は食わねど高楊枝」というところが文化的にあるのではないか。「末は博士か大臣か」と、日本では「大臣」と並べられるほどに(?)、「博士」に価値があるとさえ言われるのだから。

日本では、大学教授への道は、公務員と同様に、勉強のできる学生にとって、ある程度、人気の職業である。医師にしても、開業医でない限りはアメリカほど高給が期待できない上に重労働を強いられるが、日本でも人気の職業で、医学部はいつの時代も難関である。

他の国ではどうかと、中国人や、ヨーロッパから来た研究者に話を聞いたところ、これらの国でもアメリカと違い、日本と似たような価値観があるという。これらの歴史ある国では、著名な学者は、貧乏でも尊敬されてきたし、実際、多くの社会貢献をしてきていることが、自然に若者の進路に影響するということだろうか。

しかし、アメリカの産業の根底を支えている理系研究職が、アメリカ人に敬遠されているというのは、この先数十年を考えるとまずいのではないか?

中国やインドが経済力をつけてきて、それらの国から来ている研究者たちが国に帰ってしまったら、アメリカの研究機関は空洞化してしまうのではないか。

これは、日本についても言えると思う。日本でも近年、「理系離れ」が問題になっているが、優秀な人材が理系研究者の職業を避けるようになると、「科学技術立国、日本」は、アメリカ以上に危なくなってくるのではないか。現状では、日本には、アメリカのように優秀な外国人研究者が大量にやって来てくれることは期待できない。この、アメリカの研究者の人口構成の状況には、日本の科学研究の将来を考えさせられた。

2007年2月18日 (日)

インパクトファクターは科学雑誌の視聴率

インパクトファクターとは、その科学雑誌のレベルを測る指標である。例えば、ネイチャー、セル、サイエンスなど世界最高峰の雑誌だと、インパクトファクターは30前後である。前回、「インパクトファクターは科学雑誌の視聴率のようなものだ」と書いたが、正確には、「その雑誌に掲載された1つの論文が1年間に平均何回、他の論文に引用されるか」という数値である。この30という値は、例えば、ネイチャーに掲載されている論文は、1年間に平均30報の論文に引用されるということを示している。

何人ぐらいの研究者がその論文を読んでいるのか大雑把に計算してみた。5人の研究者のいるラボで1人が平均1日1報程度論文を読むとして、1年5人で1500報。1年間で2報出版するとして、そこに引用する論文数が100報、そのうち、1つの年度の論文は10か20といったところだろう。そうなると、1年で1つのラボがインパクトファクターに換算される論文の数は15報ぐらい、読んでいる論文は1500報ぐらいとなる。インパクトファクターの大体100倍ぐらいの研究者がその論文を読んでいるという計算になる。

ネイチャーの場合だと、インパクトファクター30だから、おそらく3000人程度の研究者が、その論文を読んでいるということになる。この数が、世界中のその研究分野に関係する、ほとんどの研究者が一応は目を通すという論文のレベルなのだろう。

前述したように、研究者なら誰しも、ネイチャー級の影響力のある科学雑誌に自分の論文を掲載したいと思うのだが、雑誌の編集者による審査が非常に厳しく、なかなか「合格(アクセプト)」となることは難しい。では、「不合格